幾多のイノベーションが更に求められる by Milton Coffee Roastery

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イノベーションと聞くと何を想像しますか。 簡単に言ってしまえば、新しい物の創出、導入と言えるかと思います。 長らく新たな手法が取られていない分野に浸かっている人にとっては、今のような超高速で時代が進んでいる様子はある種の恐怖を覚えるではないでしょうか。 恐怖心さえ感じず、時代に流されて生活している人も多いかもしれません。

ミルトンが関わるコーヒー産地の生産者達にも同じことが言えます。新たなコーヒーの病気が長年続き、コーヒーの市場価格は大暴落、新たな品種が毎年生まれ、消費者に気にいってもらうために、それらの品種を植え、収穫後の処理方法も話題のものを試しながら、少しでも自分の作るコーヒーの価格が上がるように努力をし、同時に収穫高を増やすことも考えながら、作業員の確保に翻弄される日々。 インターネットの普及が更に時代のスピード感をアップさせているのは間違いありません。

エルポルベニール農園のセルヒオさんも、翻弄されている一人で、既にいくつか所有していた農園や家を売却しないと銀行への返済が出来ない事態に陥っているわけです。 この二年余りは特に苦しい胸の内を話してくれます。 では彼はイノベーション力が足りないのでしょうか。

私の中では彼はむしろイノベーディブな農園主だと言えます。 ニカラグア初の生産処理方法を導入したり、生産量増加を図りながら、高い品質を同時に求めたり、有機肥料の可能性を突き詰めていったり、汚水対策をはじめとする環境対策に真剣に取り組んだりしています。 それでも報われないときが発生し、こんなに好きで情熱を持ってやっているコーヒー農園を続けていくべきか悩むほどです。

先日、日本のイノベーションに関する国際競争力が上位から下位に順位を落としているという記事が目に留まりました。 私の体感でもそれは強く感じています。 さらには、海外の知人らが日本を訪れた際に私に話してくれる時も、かつての日本にあった何もかもが目新しく、先進的で創造力に溢れている状況が、今や消え失せてしまっていると言われるのです。

人真似をしていれば良かった戦前戦後の時代は既にに終わり、未だに日本人は世界と比べて最先端をいっていると錯覚している人も多いはず。 洞察力や創造力、先見性などが育まれないまま数十年過ぎてしまい、ハングリー精神も物に溢れた日本では養われないわけですから、野心家の多い海外勢にありとあらゆる分野で負けてしまうのは必然としか言いようがありません。

ニカラグアのセルヒオさんは、ハングリーです。 バリ島の使用人として働く若者達もハングリーです。 香港の高校時代の友達もみんなハングリーです。 ハングリーだから、なにくそ根性が生まれ、改善したいから創造力が生まれ、そしてイノベーションに繋がるわけです。

世界中の人がハングリーな中、ひとつのイノベーションだけでは成功しにくくなっている事も感じますし、同時進行で幾多のイノベーションを実行させている海外の人達と会うたびに、豊かなはずの日本が、不安要素が目立つ国に見えてくるのはどうしてでしょうか。

自分の膿は出しきるにつきる by Milton Coffee Roastery

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ここで指す自分の膿とは、自分では潜在的には理解していてもうっすらとしか理解しておらず、他人に指摘されて時には不快や不安になるような心の中に潜む弱さの部分です。 調べてみると辞書には、「組織の荒廃などの原因になっている元を断つこと」とあります。

そもそも自分自身のことは自分が一番理解しているという誤解は誰しも持っているので、他人に指摘されたくない事を言われると、ムッときたり、反発したり、時にはショックを受けることになるのだと思います。 私も膿を出しては、また違う膿が出ては出しの繰り返しをしていまして、保身することの意味の無さもその度に感じますし、自己中心的、利己的な心のエゴを出す度に少し成長している気さえ生まれます。

自分ではプライドが高いなんて思ってもいないかもしれませんが、多少なりとも持っているものですし、全てが悪いということではないと思いますが、自分の成長を妨げるものであれば、改善してしまった方がいいと思います。

自分の膿を出す作業も大変ですが、他人に指摘する時は別の意味で大変です。利己主義の部分を治してもらおうとしても、本人がそれを自覚していない場合は多々ありますので、あれこれ表現の仕方を変えながら本人に理解してもらおうと会話するわけです。

問題なのは、自分の痛いところを指摘され続けると、あたかも自分自身の全てが問題なんじゃないかと勘違いし始めることがあります。 勘違いの度を過ぎると鬱にもなりかねません。 中には、自分の言われたくない痛いところを指摘されて治すどころか離れる人もいるかもしれません。

治そうと努力している人には、ケガをしていなくても、自分の様々な膿を出しきるまで腕に絆創膏でも貼ってごらんと伝えます。 そうすることで、自分の膿は自分全体が悪いのではなく、極小さな傷から生まれた膿なのだと認識することができます。 自分自身が悪いのではなく、自分の中に潜む心のちょっとした毒素が悪いだけと理解してもらえば、急に気が楽になり、とても前向きに仕事もプライベートも進めることができます。

なにより、この心の膿を出しきってしまうと、同じ膿は二度と自分に戻ってこないという最高のボーナス付きなのですから、年齢の若いうちに出すに越したことはありません。

膿を出す作業に大事なのは信頼できる人と取り組むということです。 なにせ、信頼できない人から指摘されても、相手にも自分にも心に響きませんから。

どれだけ自分のことを知っているかって大事なこと by Milton Coffee Roastery

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自分自身も意識していますし、そしてスタッフにも伝えていることですが、自分自身を知ることは、とても大切だと考えています。 自分自身を知ることなくして、より良い人生を 送ることは難しいかもしれません。 自分に興味がない人はいないでしょうから。

私はどんな人間なのかと言えば、本来内向的なタイプで、大勢の人と交わって賑やかな場所に身を置くよりも、静かに物思いにふけっていることが好きで、その中から新しいアイデアや発見があり、それを実行してみて、また新たな発見をすることが充実に繋がるタイプです。達成することに意味があると感じていて、やり切らないことは、いつまでも自分の求める ところにたどり着けないことを意味すると考え、それが当たり前と考えています。

合理的に考え、戦略的に意思決定していくことを好み、一つの案件を長い時間軸で考える癖もいつのまにか身についています。 そして物事の裏側やその先の先も予想したいという 欲求にかられ、そんなことを毎日飽きずに続けています。 この傾向は対人関係でも当てはまります。

初めて会う人でも数少ない会話の中から、 その人の心理や考えを知ろうとしますし、自分には合わないタイプと最初は感じていたと しても、私にとって興味深い部分があると、俄然興味が沸きます。 興味が沸くと、もっと 知りたくなるのです。 逆に芯がぶれている、もしくは芯がないと途端に興味が失せます。

また、人をまとめて引っ張っていくことにストレスを感じず、むしろやり甲斐を感じるため、 中学生の頃から貿易商に携わり、会社の社長になり、従業員をひっぱっていくんだ!と心の中で決めていました。 願えば叶うという考えは随分昔から持っており、今こうしてコーヒー豆の輸出入という形で貿易商という仕事が実現出来ているわけです。

自分の求めているものがはっきりしているので、敵も作りやすいのも事実で、周囲からも そこの心配をされます。敵を敢えて作る必要もないと考えますが、万人に好かれようとも全く思っておらず、自分を理解や共感してくれる人と過ごしたいです。 会社の方針も やはり反映されていて、ミルトンの活動に共感してくださるお客様やスタッフと共に成長 できればと思っています。

自分自身のことを知る事は、時には怖い事かも知れません。 自分のことなので、分かって いるつもりになっていることが多いのですが、実は都合の良い事だけを考えてしまうように 脳が仕向けている可能性もあります。 ましてや他人の悪口を言っている人は自分に自信がない表れを露呈しているようなものです。

そうならない為にも、自分を知り、得意分野を知り、苦手分野を理解し、時には人に自分はどんな人間かを聞いてみてもいいと思います。

また、一度このように書き出してみるのも手だと思います。 特に、学生さんや就職活動中の方々にはおススメです。

やってから決めればいいのに、何を悩んでるの? by Milton Coffee Roastery

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これは私自身にも言い聞かせていることでもあるのですが、仕事でもプライベートでも、まず チャレンジしてみてから、続けるかどうかを決めればいいと思うのです。

いや、もしかすると 人によってはチャレンジする前に、一通り下調べをした上で、行動に移すかどうかを注意深く吟味し、最悪の事態を可能な限り考えぬき、それでも出来ると踏めば行動に移す人も いるかもしれません。 見方によっては用心深いとも言えますし、石橋を叩いて渡るタイプ とも言えるでしょう。

私は過去のオーナーレターでも触れたことがありますが、自分の感覚の中でも特に直感を大切にしています。 直感を大切にしながらも、用心深く進む傾向にあります。 しかし、 時には用心深さが出過ぎることがあるので、自分でもっと直感を信じたらいいんじゃないの?と言い聞かせてみているのです。 まずは行動してみることです。 やってみることです。

理想を語るだけでは、実現はしないでしょう。 理屈を語ったところで、行動しなければ、理屈は立証出来ませんし、自分の思い描いているゴールにボールを入れることは出来ません。 例えば、仕事の悩みがあるとしたら、同僚や家族に悩みを打ち明けてみるのも手です。 一人で悩んで解決するような問題であれば、とっくに解決されているはずです。 まずは 理解できる人と話すという行動をとってみることに意味があると感じています。

例えば新人のスタッフが接客で悩んでいるとします。 悩みの種も様々ですが、大抵いくつかの問題を抱えている場合が多く、その合併症のような状態になっているケースが多いです。 そもそも人と話すことが苦手なのであれば、苦手意識をまずは取っ払う方法を見つけなければいけません。

方法を見つけるには、思いつく限りの方法を実践してみる他ありません。 恋愛で相手のひとが自分に合うか合わないかで悩むなら、付き合ってみればいいですし、 結婚相手に相応しいかどうかは、同棲してみれば予想が付きやすくなります。

コーヒーの知識がないからお客様と会話が進まないと思っているのであれば、コーヒーの勉強をしながら、何年もコーヒーを飲んでいるお客様に教えてもらえばいいのです。 味の取り方が分からないのであれば、自分は味覚音痴だと思わずに、様々な食材の味を取る職業の人たちの共通点を見つけ、コーヒーのテイスティングで言うカッピングを体得していく他ありません。

だいたいのケースが思い込み、いわゆるバイアスがかかっているのです。 私に言わせると、やってもいないのに、悩んでいる時間が勿体ない。 そこに費やすエネルギーも勿体ない。 結局やる人はやるし、やらない人はそこまでの想いがないのでしょう。

ところで、私個人が勿体ないなといつも感じているのは、私が経験した全てを子孫に 受け継げないことでしょうか。 もしそれが可能であれば、人間の進化は何倍も早く 進むでしょうし、やる人間とやらない人間、リスクを取って経験を得る人間と取らない 人間によって進化が分かれていくような気がします。

起業当初からきめていたこと by Milton Coffee Roastery

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きっと多くの起業した人達は、なぜその職種を選んだのか多くの人に聞かれるでしょう。 私の場合で言えば、「なぜコーヒー屋を始めたのか?」という質問になります。 コーヒーを選んだ理由は幾つかあるのですが、そもそもの起業の動機が「社長になること」だったので、商材は何でも良かったのです。

当時私が飲み物として好きではなかったコーヒーを選んだ理由は、コーヒーが石油に次いで二番目の貿易額を生み出しているということと、国や宗教に関わらず、ほぼ全世界で愛されている飲み物であること、そして流行りではなく、時代が変わっても相変わらず飲まれ、これはコーヒーには何かあるぞ!と当初思っていたものです。

コーヒーに候補を絞った後、調べれば調べる程、奥が深い歴史や事実が見え始め、同時に「コーヒー」という商品が世に溢れていることも知ることとなります。 しかし、何かあると直観したわけですから、その感覚を大事にしたかったですし、ハードルが高い方が挑戦し甲斐があります。

世に溢れている商品を取り扱うということは、「同質的差別化」が頻繁に行われ、価格競争による薄利多売のビジネスを強いられる可能性が大! こういう商品は、消費者から見ても、他のお店や会社のコーヒーと何が違うの? 違いが分からないし、安いコーヒーでいいよ、となってしまうわけです。

スペシャルティコーヒーも普及してしまえば特別感が失われてしまうので、事業計画を練っている最中にどうしようか考えていたものです。 コーヒー業を始める前から決心していたことがあります。 それは自分でビジネスを始めるなら人が簡単に真似できるようなことはしないこと、資本のある企業でも真似出来ないことをし、流行りに便乗しないこと。 機械に出来ることは機械に任せ、人にしか出来ないことに徹すること。 仕入先からお客様に至るまで、全員が満足いく方法を率先して導入すること。 そうすることで、少しでも競合他社に負けない付加価値の高いビジネスができるようになると考えていましたし、今でもそう思っています。

とは言っても、当初はお金はないけど暇は持て余してる状態で、高価な自動化の機械を買えるわけではなく、夜な夜な家族総出で手作業を繰り返す時期もありました。 理想はあっても、現実はそう簡単ではないことも身に染みて実感しています。 今となっては良い思い出です。

起業当初も話題だった人工知能やロボットなどの自動化の波が、このハイペースで押し寄せてくるとは驚くばかりですが、これから五年、十年は目まぐるしく変化があるでしょうし、益々人でないと出来ない仕事が重要になることは間違いないのではないかと考えています。

この先我々もどうなっていくのか、正直楽しみです。 最終的に楽しんだもの勝ちかなと。

後ろを向いていたら前が見えないよ by Milton Coffee Roastery

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ごくごく当たり前のことですが、後ろを向いていたら前が見えませんが、後ろ向きで生きている人が多いように感じます。 しかも本人は後ろ向きで生きているなんて思ってもいない場合もあるように感じています。

時間というものは皆に平等にあるわけで、生かすも殺すも自分次第ということになりますが、その時間がいつ途絶えるかは誰もわかりません。 ということは、今に目を向けておかなければ、その先には進めませんし、過去の話ばかりしてても、過ぎてしまったものですから、取り返しはつきません。過去を悔やんでみたり、どうなるかも分からない未来を不安がってみたり、必要ないことで忙しくしてしまっている人は意外に多いのではないでしょうか。

今が大事だよ!と伝えると、今だけを楽しく生きる短絡的な発想に至ってしまう人もいるかもしれませんが。 身内やスタッフに、川を時間の流れに例えて、その中に立つ人の話をします。 川の中で腰まで浸かり、上流(未来)からチャンスと危険の両方が流れてくるのを想像してみます。 チャンスは掴まなければなりませんし、危険は当然避けなければいけません。

きちんと前を向き、今という「現状」に集中していれば地に足をつけているので目の前から 流れてくる物がしっかり見え、危険も避けながら、前もってチャンスを掴む下準備ができ、 ここぞ!というタイミングでチャンスを手にすることができます。

反対に下流(過去)に向いて立っている人は、前方から何が流れてくるのか全く見えません。口から出るセリフは既に流れていった過去の話で、足元もおぼつかないので、ふらふらとその日その日を生き、危険と直面しても行き当たりばったりの対応しかできなくなります。 良いチャンスが巡ってきても、下準備が出来ていないので、掴めたとしてもチャンスを最大化させることが難しくなります。 きっと「ラッキー」と思うぐらいでしょう。

ラッキーではなく、流れてくるチャンスを取りこぼすことなくキャッチ出来るようにする為に前を向いて、今をしっかりと把握し、今に集中するしかないと感じています。 今に集中できれば、今すべきことが見えてくるので、重要度の高いものを優先するようになります。

分かったような偉そうな事を書いておきながら、私も迷う時もありますので、 瞑想しながら、自分を元の位置に戻しながら生活しています。

素晴らしいのは農園主達には、くよくよ悩むことに時間を使わず、前進あるのみの生き方を実行していることです。 彼らから人生について学ぶことが多々あることも、私達が 楽しく仕事を続けていられる理由かもしれません。

生産者の方々とビジネスの関係以上の深い友人となる意味 by Milton Coffee Roastery

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まず、二週間の研修期間を頂戴出来た事の感謝と共に、スタッフの産地訪問を一緒に 楽しみにしてくださったお客様にもお礼を言いたいです。 そのおかげで産地でも、お客様に今後もどう楽しんで頂こうかと頻繁に話題になりました。

さて、今回初めて二名の一般のお客様を連れて産地に買付けに行きました。 買付けを 始めた頃からお客様と一緒に訪問したいと思っていたので、実に十年以上前の希望が叶ったわけです。 お二人の様子を見ていると、初めて産地を訪れた時の緊張感や、頭がパンパンになるぐらいの膨大な経験値、そしてコーヒーに携わる生産者や関係者の人たちの温かいふれ合いなどが 大波のごとく自分自身に押し寄せてきた当初の感覚が私にも蘇りました。

全く観光としての参加ではない旨を伝えており、真剣な仕事としての買付けに同行するという状況をお二人は理解してくださったおかげで、スムーズに全てのアクティビティが進みました。 むしろ観光もなく申し訳ない気もしましたが、一杯のコーヒーに隠された裏側の 世界を垣間見ることは、普段の日本の生活ではまず目にすることはありませんし、いち消費者としての視点で全ての工程を見学したということは、とても意味のある旅だったのではないかと感じています。

今回の旅では、より各生産者との会話も弾み、また自宅でウェルカムディナーを用意してくださったりと、至れりつくせりのおもてなしを受けました。

実は今年はニカラグアでは過去 最悪となる事態を迎えており、公式な国の発表では三十五から五十パーセントの生産減となる予想だそうです。 乾季の時期に今までにないぐらいの雨が降り続き、多くのコーヒーの実が地面に落ちたばかりか、収穫作業員達が寒い気候のせいか、働く意欲を失い賃金を二倍にしても集まらないという事態。

挙句の果てに、ニューヨークの相場が十年ぶりぐらいの下落を見せ、スペシャルティコーヒーとしては売れない、コマーシャルコーヒーの売値が低すぎて必要経費を下回る、いわゆる売るだけ損になってしまう、踏んだり蹴ったりな状態になってしまっているのです。

心中穏やかではないはずの彼ら全員が、毎年来てくれてありがとう、そして内情を理解してくれてありがとうと伝えてきたことは、心に響くものがあります。

個性的でいいじゃないか by Milton Coffee Roastery

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本当かウソか、世の中には自分にそっくりな人が三人いると聞いたことがあります。 裏返せば、それぐらいみんなの容姿が違うということになります。 親兄弟とは性格は違うし、食べ物の好みや趣味が違いますよね。

クラスメイトに仮に三十人いたら、三十通りの 私生活があり、三十通りの夢があり、三十通りの将来が待っているわけですよね。 もし幼い頃から今挙げたような、人との違いを個人個人が楽しめ、相手もまた相手の個性を楽しみ、人との違いをお互いが尊重できたら素敵だと思いませんか。

私は十五歳からオーストラリアの全寮制学校に入学して過ごしましたが、何を隠そう入学当時は全生徒の九十パーセントが先住民のアボリジニーでした。 日本人一人の私が圧倒的なマイナーの層ですし、むしろ私はアボリジニーや、パプアニューギニアとの国境付近の島々の友達が沢山作ることができ、おかげで彼らの歴史や迫害、文化や部族間の興味深い話も得ることができました。 日本人とは見た目も違うことは明らかですが、褐色の肌の彼ら彼女ら一人一人がそもそも違う個性を持ち、自由に生きている様子は十代の私には衝撃以外の何物でもありませんでした。

それと同じぐらいの衝撃を受けたのは、それから十年後、日本に帰ってきたときのことで、しかもその衝撃は未だに続いています。 それは今までの私の感覚とは真逆で、個性的でいることが、いかに日本ではマイナスな要素として受け入れられているか、ということ。

人と違う好み、服装、思想、宗教、挙げればキリがありませんが、全て人それぞれでいいはずが、なぜか日本では同じものをこの好む傾向がとても強いように感じます。 レストランに行けば、他の人と同じメニューを頼みますし、一つのブランドが流行ると挙って大勢がそのブランドを身に着けるわけです。 皆と同じでなければ学校ではいじめの対象になってしまう状況にすらなっているそうで、そうなってしまう教育や風潮に疑問を感じます。

職業にしても、もっと自由に選べる環境があればいいのに、医者になりなさい、公務員が安定していていいだろう、大企業はなんだかんだ言って安定で高収入だろうなど、職業に無知な子供に対するアドバイスがそもそも子供の個性を無視した考えに基づいて与えられているのです。

大人の都合を押し付け過ぎると、子供はそれが当たり前となり、そのまま大人になり、習ったままを次の代にも伝えてしまう。 それを続けた結果の今の日本を見ても、それが良かったかどうかは火を見るよりも明らか。

そろそろ大人側が目を覚ました方がいいんじゃないかな。

紆余曲折した後のまとまりは一体感を生む by Milton Coffee Roastery

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スタッフにも年初の挨拶で話しましたが、今年は創業当時の気持ちで積極的に、コーヒー豆専門店として活動していくと宣言しました。 もちろん、これまでも専門店として、活動 してきましたが、基本的なスタッフ教育に追われる一方で、スタッフ自身の専門性という面では私としては満足いくものにはなっていませんでしたし、この数年気になっていたところでもあり、早く改善していきたいと願っていました。

創業時にいなかったスタッフばかりなので、創業者のような意気込みなど理解するには難しい部分もありますが、根気強くミルトンとしての方針や、これまでの経緯、失敗談から時代の流れに至るまでを丁寧に話し続けてきたことにより、創業者でなくとも何が大事なことなのかを理解してくれるようになってきました。

折角このような社内体質が出来てきているのですから、新しい年になったことですし、専門店としてのミルトンを大きく前進させていく良いタイミングだと考えています。 また昨年末の十二月には、十年使用してきたコーヒー焙煎機が故障し、新たに大型の最新焙煎機を導入しました。

以前の焙煎機も愛着がありますので、後々時間をかけて新品同様に組み立てなおしていこうと考えていますが、まずはこの度導入した大型焙煎機で、効率化を図りながら、美味しさについても更に注視した焙煎ができるようになってきました。 なぜなら、これまで丸一日かかっていた焙煎が半分の時間で終わるようになり、焙煎以外の仕事に費やせる時間が圧倒的に増えたからです。

時間的ゆとりが生まれたことによる 恩恵は方々で感じていまして、焙煎に追われていた頃にはどうあがいても、手に入らなかった貴重な時間となっています。 費用はかかりましたが、早く買っておけば良かったと思うほどです。

スタッフにおいても、過去にないぐらいのまとまりと結束力がつき、更には一緒に働きたいと年末あたりから男女数名言ってきてくれるようになり、現在の一部スタッフを含め、県外から引っ越してきてまで、ミルトンで働くことに興味を持ってくれることに驚きと同時に感謝の気持ちが湧いてきます。 こういった現象は今までなかったことです。  

今のお店の一体感をきっと来店されるお客様も感じて下さっていると思いますし、一緒に働くことに興味を持ってくれる人達は生半可な気持ちで興味を持ってくれている様子ではなく、仕事に対するやりがいと、一緒に働く仲間に共感するものがあっての興味だとそれぞれが一様に話してくれます。 収入が沢山あることに越したことはありませんが、仕事を する上では、やりがいや職場環境も大切だと考える人が増えてきているのかもしれません。

生きる力を持つ人と仕事をするのが理想かな by Milton Coffee Roastery

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端的に言うと、当事者意識を持ち、求められる物を理解でき、何が問題かを探し出し、 解決する能力がある人と、一緒に仕事をしていきたいと考えています。 プライベートでは そういう方々との接点を重視していっています。

では、生きる力とはどこで養われるものなのでしょうか。 学校の授業で学ぶ科目にも ありませんし、塾で教えてもらえるわけでもありません。 私が思うに、家庭環境や親の 影響、もしくは、育った地域などの環境全体にそういった風土があった場合、生きる力を自然と身につけることができるような気がしています。 特に親の影響は大きいと思います。

生きる力と呼ぶからには、何かしら武器が必要となります。 私の場合は、他言語の習得のし易さや、世界中どこでも生活していけるであろう順応力も武器になり得るかもしれませんし、幼少期から物事を掘り下げて考える癖は今でも変わりません。なんでだろう、どうしてだろうと些細な事でも不思議に思えば、掘り下げていきますし、それが楽しいと感じています。

既にある物や物事を分解、分析をする癖も私にとっては一つの武器と言えるかもしれません。 とにかく武器は人それぞれあるにしても、持っているだけでは宝の持ち腐れとなってしまいます。 まずは自分の武器は何かを洗いざらい書き出してみると自己分析が出来ます。 自分を知りさえすれば、周りに流されることもなくなるばかりか、人生を自分でコントロールし、有意義なものにすることができ、人生を終える時には悔いが残らないことでしょう。 悔いが残らない人生とは、生き様にも満足したということだと思います。

また、生きる力とは、原始時代も現代社会でも、「飯を食っていく力」が根底にはあると思います。 飯が食っていけないのは致命的です。 野生では死を意味します。 人間社会では野生程シビアでないにしろ、自らの強みを使いながら、飯が食える状態にもってけるかどうかが鍵となります。

自己分析もせず、強みを磨かないと、人に使われる人生で終わります。 どんな武器であっても、生きていく為のご飯が食べられないのであれば、それらの武器の使い方が間違っているか、時代にあってない武器なのかもしれません。 すなわちそれは生きる力とは言えないと私は思っています。 飯を食うためにどうしていくべきかを考えられる人材が、これからも一緒に働いていきたいと思えるタイプです。

今働いてくれているスタッフ達も、それぞれの強みを活かし、お互いを尊敬しながら一致団結し、雇われ側であっても経営者と同じ当事者意識を持ちながら、自分の武器だけでなく、弱みも考慮した上で、それぞれの課題に果敢に挑戦し続けている者ばかりです。 そうした姿を見ていると、私も更に先に進んで行かないといけないなと、奮起させられます。

結局のところ、私はどうしたいの?と問う by Milton Coffee Roastery

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これは私がほぼ毎日何かしら考える時に頭に浮かぶフレーズです。

みんな口には出さないけど、必ず自分に対する願望を持っているはずです。  お金持ちになりたい、有名になりたい、
素敵なパートナーが欲しい、英語が話せるようになりたい、自分を変えたい・・・など、頭の片隅には絶えず抱えているものだと思います。 ではそもそもなぜ口に出さないんでしょう。

口に出さずとも達成し続けられればいいのですが、私の場合は、基本が怠け者なので、とりあえず人に言ってしまって自分にプレッシャーをかけているのです。  私の知る限り、自分に正直であり続けたい人は、自分の時間を自分の為に     使い、確実に前進し続け、明日にでも途絶えるかもわからない大切な命の時間を自分で削りながら有効活用している
わけです。

そう言えば、とあるアメリカ人が、こう言っていました。 もしどのように生きたいのか分からないのなら、人生の最後を迎える老人が集う介護施設でボランティアをするといいと言うのです。 1日過ぎ、二日過ぎ、日を追うごとに、多くの人が後悔の言葉を口にするのかという事に気付いていくそうです。  それら後悔の言葉に耳を傾ければ、慌てて自分が今何をしなければならないのかがわかるはずだと。

よく、悔いの無い人生を送りなさいと目上の人達から聞いて育ったこともあり、私自身も若い時から悔いが残るような人生は送りたくないと思い続け、特に大きな決断の時には、どっちに転んでも失敗するかもしれないけど、失敗しても後悔しない選択を取ってきました。 大抵選ぶのはチャレンジしなければならない道でした。

さて具体的にどんな悔いを残していくのでしょうか。  ネットで検索してみると、まとめサイトでは「死ぬときに後悔すること」リストがアップされています。    良かったらそこに書かれているリストを見てみてください。 今すぐにでも改善できることばかりが書いてあるように思います。 考えは千差万別ですが、つまるところ私はどうしたいの?と自分に問いかけ、
心の声を素直に聞き入れて行動すれば自分にとって納得のいく人生を送れるのではないかなと考えます。

最後に。大切に思うのは、他人に決断させずに自分で覚悟を決め、行動するということです。 その方が固い決心に繋がるし、間違っても人のせいに出来ませんからね。

安心安全尚且つ心地良い状態は、逆に落ち着かない by Milton Coffee Roastery

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ミルトンを始めて十二年目となり、ブレーンも育ち、小さいながらも会社というものが回るようになってきました。 
更に、私の家族も言葉の通じない場所で日々挑戦しながら生活しています。 やっと私も次の段階に移れる時期がやってきたわけです。

とある研究者の話では、人間の脳みそは自己防衛のために、無理をしないように出来ているそうで、本来チャレンジし続けるようにはなっていないようです。 冒険心よりも、安心安全で心地よい状態を維持したい欲求の方が強いというのです。 いわゆるぬるま湯状態です。 なんてつまらない人生なんだ!と個人的には思ってしまいますが、その人が幸せならそれはそれでいいとは思っています。

私の性分上、新しいことに挑戦出来ない事は、手足を固定された囚人のごとく不自由で 苦痛でしかありません。  起業当初から比べると個人レベルでの挑戦度合いは減ってきていて、そろそろ大きく動きたい衝動にかられています。 そしてこれは当初から予想できていたことでもあります。 予想出来ていたからこそ、今まで入念に下準備をしてきたと言っても過言ではありません。

他人が作り上げていく世の中のトレンドや時代は読めませんが、自分がこれからどんなライフスタイルを送っていくのかぐらいは予想ができます。 自分のことですからある意味当たり前ですし、そもそも目標があるから、そこに向かって行けば、遅かれ早かれ遠かれ近かれ到達出来てしまいます。 もちろん継続すればの話です。

新しいことにチャレンジする事自体が楽しいじゃないですか。  なにせ未知の世界ですから、何が待ち受けているか
わからないわけです。 映画もゲームも実生活もアドベンチャー要素が豊富にある方が、刺激があって私は大好きです。ぬるま湯は私にとっては危険な状態です。 思考能力が低下し、視野が狭くなり、危機管理能力までが衰えていきます。

どっぷりとぬるま湯に浸り、自分が率先して動かなくても世界が動いていくのは、自分以外の人が世界を動かしているからです。 言ってみれば他人が作り出したシステムや環境の中で生かされているわけです。  この表現を過激に感じる方なら、危機管理能力はまだ機能していますし、気付いている人は気付いています。

私の起業第二章のプロローグは始まりました。 不安もありますが、修学旅行前夜の興奮と目には見えない期待のようなものが上回っているのは間違いありません。

諦めって何ですか? by Milton Coffee Roastery

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遅い夏休みを頂いたので、三カ月ぶりに香港に行ってきました。  前回は乗り継ぎの為、一泊しかできず、現地の友達の一人にしか会えませんでしたが、今回は三泊できるということで、ダイスケが来るぞと高校時代の友人が集まってくれました。

オーストラリアの田舎町の全寮制中高一貫校に在学していた仲間たちですから、同じ釜の飯を食った仲ということになります。 十五歳の大反抗期真っ最中だった私は家族も手が付けられないぐらい暴れ、本気か冗談かそれが原因でオーストラリアに送られたと後になって聞きました。  理由は何であれ、全く英語が話せない状態でも、エネルギーが有り余っているわけですから、人種構わず喧嘩をよくしました。  高校卒業するまでの間、喧嘩こそ少なくなりましたが、相変わらず血の気は多く、こんな私を友人たちもよく温かく見守ってくれていたなと思います。

今回の香港で集まった仲間たちに、勉強が大嫌いだったことを告白し、勉強する意味や意義が理解できなかったばかりに、時間の無駄だとしか思えていなかったことを打ち明けました。 日本で過ごした中学校では英語と美術にしか興味が湧かず、オーストラリアの高校では、関心のあった生物学、製図、金属加工、木材加工にしか集中することができませんでした。 更に大学に入ると興味の偏りが悪化し、自然と面白味を感じた経済学と統計学、そして少しばかりのアジアの歴史の授業しか記憶に残っていません。

ご覧のように興味に一貫性がないばかりか、単純に落ちこぼれでした。 社会に出てからの武器がないのです。 香港の友達の方が遥かに優秀な成績を収め、四十歳を過ぎた今もそれぞれが輝いています。 彼らがこうなることは予測できていましたが、私に至っては明確な未来像も見えず、勉強する意味も分からず、不安の嵐が下腹のあたりに絶えず暴れているような感覚のまま過ごしていたことも打ち明けました。友達の一人が、誰も好き好んで勉強していたわけじゃないよ。 大人たちを見て、少しでも上層階級に近づけるように勉強をしていただけだよ!と返事をくれました。 正直な意見だと思います。

幸いなことに、「諦め」という言葉が私の辞書にはない為か、全く根拠のない自信だけが昔からあり、きっと何をやっても上手くいくだろうとしか考えられない奇特な脳みそのおかげで、同じく「諦め」という言葉が辞書にない昔の仲間達と、こうしてワインを美味しく飲めています。 有難いことです。 私一人では今の自分は、存在していないと改めて感じた旅でした。

少数精鋭で動き、働き方改革を同時に進めていく by Milton Coffee Roastery

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たった二ヶ月程度の間に、今まで話したこともないような方々と話す機会がありました。丁度私も思い悩んだり、何かと納得いっていない時期だったので、今思えばそういう方々と話す機会があったのは不思議な巡り合わせだなと感じています。

自分自身のことでは、海外のカウンセラーや専門家の方と話して元気づけられ、社内の課題については職種は違えど、同じような経験を持つ経営者の方々からは勇気づけられ、将来的な話は某多国籍テクノロジー企業の方と話しができ、今後のビジネスの展望と日本のこれからについて話す機会をもらえたことで、頭の中で描いていたものがより鮮明になったことは、とても大きな収穫ですし、近未来が様変わりするのはもはや避けられない段階だと改めて感じました。

従来の発想のまま働いていては、良い方向には転がっていかないのは誰もが薄々感じているとは思いますが、小売業もこの先五年、十年で様変わりするでしょう。我々も今後を見据えて、トライアル&エラーを繰り返していますが、繰り返すことで良い方向に前進出来るように思えます。 そして、やはり以前からの考えである少数精鋭で運営していき、現在進めている自動化出来るところは機械に任せ、人間でないといけない仕事を優秀なスタッフが行っていく形が、私の中では最も良い選択だと最近特に感じています。

そうしたことからも、スタッフ達に体力的にもメンタル的にも余裕を持ってもらうために、九月の店の連休(9/4~9/8)明けから、毎週木曜日を定休日にすることになりました。やはり、お店としてのお休みが取れないと脳みそはなかなかリセットされないばかりか、長期化すると非効率にもなりかねません。  勉強会も開きたいですし、プライベートでも、リフレッシュしてもらいたいです。 店頭でも何名かのお客様から、しっかり休んでくださいとお言葉を頂き、本当に有難い気持ちです。

よって、営業時間は短縮されたまま、定休日が復活し、実質の労働時間も短縮されます。ところで、先日開催されたジャパンバリスタチャンピオンシップの結果、予選を通過することは叶わなかったスタッフの中村ですが、既に来年の再挑戦に向けて意気込んでいます。  大会で優勝し、ミルトンをもっと盛り上げていきたいと常々言ってきてくれます。 頑張っている姿は、その周りのスタッフにも勇気と元気を与えてくれます。 新人スタッフも中村の頑張りに感化され、素晴らしいペースで仕事を覚えていっています。

再度、定休日を設けることで、より強いやる気にも繋がってくれたらいいなと思います。こうした努力を惜しまないスタッフが意義を持って働け、しっかり稼ぎ、休みも充実させることができるよう私も努力していきます。

やる人とやらない人を分けるのは何なのか by Milton Coffee Roastery

この何なのか・・・は、人を雇い始めてからの課題というか、疑問の一つです。

スタッフに、「ちゃんとやっていますか?」という質問も、「分かりましたか?」の質問も愚問だということが分かりました。  人によって理解度に相当な差がありますし、そもそも働く上での姿勢も意欲も異なります。 頑張ってる・・・という言葉も曖昧で、本人なりに頑張っているとはよく耳にしますが、頑張っているかどうかは本人が決めるのではなく、会社や周囲の人が決めることです。 たとえ各個人のレベルが違っていても、本人が努力をしているかどうかは見ていて分かりますし、結果が自ずと出てきます。

現在、長く勤めてくれている社員達はとにかく努力をしています。  チャレンジ精神旺盛だったり、各自が任された仕事をどう工夫すればより質の高い仕事として進めることができるのかを、考えながら業務についてたりしています。       それも「継続的」に。 (ここ肝心!)

指示してもすぐ怠けるような人を雇うほど大きな会社でもありませんし、怠ける人はとことん怠け癖がついていることもよくわかってきました。  長年積み重ねてきた経験や癖によって人はそうそう変われないということでしょう。今までのトラブルや経験を、社員と頻繁に話すことがありますし、最近のケースも詳しく検証しました。  社内で改善すべきことは改善していくまでですが、結局のところ、やる人はやるし、やらない人はご託並べてみたところで、手も頭も動いていないのが大体のパターンでしょう。 

またパターンとして、やらない人は、「自分以外」の不平不満の発言がとても多いように感じます。 親・家族への不満、近所の悪口、前職の悪口、同僚・上司の悪口、友達の悪口、先生の悪口、等々挙げればキリがありません。

反面、やる人は、不平不満を滅多に口に出さず、頭を使って仕事している、もしくは生活していることが伝わってきます。 自分の目標もあり、働く目的も理解しているのでしょう。

何がこの両者を分けるのかは私には分かりませんし、様々な仮説や検証結果も出ていることでしょう。  しかし、私が十年経って決心したことは、やる人はとことん育て、やらない人とは関わらないということです。  このスピード感あるご時世でやらない人は、足かせにしかなりません。  

何より私自身、継続的に努力している人と働く方が楽しいし、お客様も喜んでくださるのがわかります。  そうするための見極めと選択をしっかりと行っていきます。

社長が忙しくなくなってきた by Milton Coffee Roastery

創業当初は朝から晩まで、がむしゃらに働いていましたし、それが当たり前と思って無我夢中に働いていました。 がむしゃらになりすぎて、私の目つきが怖かったと今になって告白されるお客様もいらっしゃるぐらいですから、是が非でも成功しなくては!と意気込んで仕事をしていたのだと思います。

その後どうにもこうにも夫婦二人ではお店が回らなくなり始め、寝る時間も少なかった為か、疲労困憊になりかけたころに初めてのスタッフを雇用しました。  その一人目の従業員を入れた時から今に至るまで、相当数のスタッフが入れ替わりましたが、有難いことに、この会社が肌に合うと思ってくれているスタッフは、何年も働いてくれて、会社の中でも益々活躍の場を広げていっています。

私が当初行っていた仕事の大半が今ではスタッフ達によって行われるようになり、気が付けば私の勉強にあてる時間が増えている状態になってきました。  このことは私にとって非常に重要で、気持ちの上でも余裕が生まれますし、勉強や読書の時間も作れるようになります。 店頭販売から通信販売、経理から製造や在庫管理に至るまで、今のスタッフが行ってくれるおかげで、次の策が練れる。その時間が作れることがどれだけ有難いことか。  しかも、それらの行動をお客様の気持ちを感じ取り、汲み取りながらやってくれるので、創業当時からそこを大事にしてきた私としても、心が穏やかになります。

スタッフの活躍のおかげで、私は作戦の立案と行動に専念でき、皆を引っ張っていけるようにもなります。  もともと、「企て」を考えるのが好きでしたが、より入念な作戦が練れるようになっていけるような気がしています。 経営者の諸先輩方からは、いつまでもスタッフと同じ仕事してたら駄目だよ!と昔から言われていましたが、頭でわかっていても実際の行動に移せるようになるには多少時間がかかってしまいました。  

理由は簡単で、自分でやる方が正確で、しかも早くできるからです。それでも任せていかないといけませんし、見守りながらも、自分のすべき社長業を実行して続けていかなければなりません。  私の目指す無駄のないコンパクトな会社で、最大限の効果を出すためには、私の脳みそがフル回転し続ける必要があり、「オーナーはオーナーの仕事をしてください。」と言ってくれるスタッフ達がとても頼もしく、そして私の活力の素にもなっています。

それにしても、何でこんな勉強を学生のうちにしなかったのだろうと、いつも思います。

これが賢明かどうかは今は判断できないけれど by Milton Coffee Roastery

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ただいま新人研修三か月目を迎えていて、高卒の三名は入社時には予想もしなかった葛藤と苦悩の真っ只中に立っています。  当たり前の事ですし、これからの人生の中でもとても重要な段階だと考えています。  学生から社会人となった今学ぶ事が、最初の基礎となると考えています。

私が初めて社会に出たのはやや遅い二十五歳でした。 それでも一番最初に学んだことは印象に残っていますので、年齢はあまり関係ないかもしれません。 新人は何とか会社に貢献しよう、お客様の役に立てるようになろうと必死になっています。

社会に出て既に長い人からすれば、新人達の努力や必死さも、本当にやる気あるのか?と思えてしまう程度に目に映るかもしれませんが、未経験ゾーンに突入したばかりの元学生からすれば、何をするにしても、何を指摘されるにしても、驚きと焦りが真っ先に脳を駆け巡り、大人にとって些細なことも、大きなショックとなっているように見えます。  きっと自分も同じ年齢の時に就職すれば、似たり寄ったりのレベルだったことでしょう。

今でこそ経験値から偉そうな事は言えますが、社会人経験の乏しい新人には、伝え方がとても大事だなと痛感している次第です。  なにせこちらは熱い人間なので、私自身よっぽど気を付けていないとすぐに頭に血が昇って沸騰してしまいますから、普段の教育係は先輩スタッフにお願いし、重要な部分は私が要所ごとに説明する形式を取るようにしました。起業時から今に至るまで手探りできているので、その時その時の最善を尽くすほかないような気がしています。

ある意味人生を預かっているわけですから、責任重大です。 プライベートでも、最善なのかどうか今は分かりませんが、新たなチャレンジに挑みます。 挑むのは私ではなく、私の息子と妻です。  四歳になったので、留学をこの八月から開始します。  マネージャーとして店頭に立っていた妻も、七月半ばからは息子と海外移住となりますので、今はその準備に追われています。

自分の十五歳からの留学経験や、今の産地買付けなどの影響もあるのか、海外という感覚というよりは、単に別の場所で生活するという感覚なのですが、意外と周囲の反響が大きくて私が驚いています。  少し距離が遠いぐらいです。いつまで続けるのかは息子本人に任せたいと思っています。  一年でホームシックになるかもしれませんしね。  その前に私が寂しくなっている可能性が大ですが(笑)。

世界は広いようで狭いです。 時間はあるようであっという間に過ぎてしまいます。 チャンスは待っているだけでは掴めません。  誰の人生も平等に一度きり! 今を充実させずして、いつするのかなと思うわけです。  新入社員達にもそこを忘れずにいてもらいたいです。

やってみないと分らないから、やってみたら? by Milton Coffee Roastery

これは私の口癖です。

予測を立てることは出来ますが、どのような結果になるかは、実際に挑戦してみないと分らないことが多いと思います。 意外にやってみたら簡単だったとか、意外に美味しかったとか、予想に反して大失敗だったとか・・・ 皆さんもおありでしょう。 今、ミルトンでは様々な事にチャレンジしていっています。 研究員が実験を日々繰り返すようなものです。 成功なのか失敗なのかは、やってみないとわかりません。 過去に失敗したことでも、今の時代にはマッチしているおかげで、成功につながることもあるかもしれません。

親や先生、知人から絶対に上手くいかないよ!と言われたところで、自分がやってみないと立証できませんし、もしかしたら上手くいくかもしれません。店のスタッフがやる前から悩んでいる様子をみると、やってみたら?と声かけします。   やらずに悩むのは時間の無駄と思った方がいい。  やった後も、悩むエネルギーの代わりに、改善方法を探るエネルギーに使って欲しいと願っています。  考え抜くことと、悩むことは全く別物ですし、悩んでいる人を見ると大抵暗い顔をしているか、脳みそがフリーズして動いていません。  フリーズしているぐらいなら、やってみた方がいいと私は思うのです。

人間ですから、誰しも悩むことはあるでしょう。 私も悩む時はありますが、前進する為の策を考えることにエネルギーと時間を使いたいと考えていますので、脳みそはフル回転しています。  人を見ていましても、結果を予測して実行に移すタイプと、結果の予測をせずに実行するタイプ、そして結果がどうなるかわからないから、とりあえず動かないタイプに大きく分かれるような気がします。  大失敗するかもしれないけど、行動するタイプの方が長い目で見て得をするような気がします。

今まさにこの文章を書いている最中に私の知り合いが尋ねてきて、談笑していましたが、その会話の中に出てきた人物は、毎回実行はするけど結果が全く出ないらしいのです。 何やっても結果が出ないのであれば、そのやり方や考え方が合っていないことを疑った方がいいかもしれません。  世の中には、永遠に「出来るはずだ!」と思い込んでいるタイプもいるようですので、やってみないと分からないとは言いましたが、軌道修正も同じぐらい大事だということも身近なスタッフ達には伝えています。

さて冒頭にも書いたミルトンの様々なチャレンジですが、その中の一つが、とある商品開発に関わるものです。 ただいま楽しく、シビアに実験中ですので、やってみて上手くいけば無事商品化につながるでしょう。

焙煎は多くの事を教えてくれる by Milton Coffee Roastery

新聞やテレビ等の取材で度々、「何に最も力を注いでいますか?」という質問があります。正直な私の答えは、「仕事に関わる全て」となるわけですが、それでは取材も一日では終わらないので、「日本にいる時の仕事の中では、美味しさを追求するのに最も力を注いでいるのは、焙煎です。」と答えます。

コーヒー豆の販売をメインに営むコーヒー屋は、どこも焙煎に力を入れているのは間違いないでしょう。 コーヒー豆にしか力を注ぐものがないわけですから、そこを手抜きするということは、もはや趣味の世界とお客様から思われても仕方ありません。焙煎は私にとって楽しくも苦痛であり、味を決定づける最大の化学変化でもあります。

ミルトンのように生産者の方々から直接買付けをすると、彼らが費やしてきた努力と大変さを知ることになります。 彼らの労力を肌で感じ、感謝の気持ちが湧いてくると彼らの努力を無駄にしてはいけない!美味しさを伝えなくては!といった責任感が生まれます。 私はこの責任をとても大切にしていまして、本来の風味を出しきれていない焙煎豆を販売するということは、生産者の意に反するものと考えているわけです。

美味しく焼かないと生産者ががっかりし、それが消費者に美味しくないコーヒーとして認識されてしまうと取り返しのつかない事態を生みます。 生産者達を大切にしたいからこそ、焙煎は大事なのです。 コーヒー焙煎によって風味を最大限に出し、妥協しないコーヒー豆を販売し続けていると、お客様が美味しい時に感じる反応が、とても分かりやすくお店側に伝わってきます。 そしてお友達にもご紹介してくださり、お祝い事やプレゼントなどにも使ってくださいます。

何年も妥協せず続けていると、見てくださる方は見てくださっていると感じます。  応援もしてくださいます。 一生懸命さが、スタッフを通じて、そして美味しいコーヒーを通じて、お客様に伝わり、よりコーヒーが美味しく感じるのだと信じています。 妥協して販売したコーヒーは、舌の肥えたお客様にはすぐに伝わります。 それが続けばファンはいなくなってしまいます。

お客様をがっかりさせないためにも、一生懸命に働いてくれるスタッフ達のためにも、そして店の存続の為にも、焙煎は非常に重要な仕事なのです。 美味しく焼ける度に喜びがあり、少しでも納得できないと苦痛になり、の繰り返し。

その域に達するように、私に代わって焙煎をしているスタッフに指導している最中です。

新入社員研修で鍛えられるのは、私の方かもしれない by Milton Coffee Roastery

現在、朝から夕方まで付きっきりで行っている新入社員研修ですが、そのほとんどの時間を私が担当し進めています。 会社のトップなら他にやることも沢山あるでしょうと言われるかもしれませんが、私にとっては先行投資の一環ですし、将来活躍してくれるであろう社員の教育ですから、大切な仕事に変わりはありません。

会社のことを最も理解し、最も説明できる人間は、この会社の中では私でしょうし、経営のトップから受ける研修は、経営のリアルさも感じることができる為、ある意味刺激的な内容を勉強できるはずです。 三名の新入社員は今年十九歳の女性達。 年齢も若く、感受性も豊かで、頭も柔らかいわけですから、習うことはスポンジのように吸収し理解してくれます。 好奇心が.旺盛なのは見てもわかります。

しかし、社会経験が無いに等しい彼女らは、社会への不安、仕事への不安、将来の不安、家族の不安など、表しきれないぐらいの不安と戦っているようにも私の目には映っています。 そんな彼女達を私なりの発想で作り出した研修内容でみっちり三カ月鍛えていきます。表舞台に出られるのも当然三カ月後となります。 お給料も発生していますし、今すぐにでも実践に出したいぐらいの気持ちはありますが、教育してからでないとお客様にも、一緒に働く同僚にも迷惑がかかってしまいます。

当社の新人研修は通常の会社とは全く異なります。 まず仕事柄スーツを着ることがないので、入社日のためにわざわざリクルートスーツを買う必要はありません。 そのお金を味覚を鍛える為の自己投資に使って欲しいと思います。 問題点に気付く方法を教えます。 妄想の方法も教えます。 それらを継続的に行う癖をつけるように仕向けています。 厳しさと緩さのメリハリをつけ、彼女達にもオンとオフの切り替えが出来るように方法を教えています。

世の中がどのように動き、人は何に導かれ、実際には多くのことが一部の組織や企業などにコントロールされているなど、やや難しい内容も伝えています。 更には、社会人になったわけですから、お金の話も盛り込まれています。まだまだ研修は始まったばかり。  大人の内容過ぎて、きっと頭がパンパンで一日が終わっているのだと思いますが、今のところ「楽しい!充実している。」と言ってくれているので、私も頑張って研修を続けていこうと思います。

研修の先にある仕事が本番ですから、それこそ彼女達の社会人生活は始まったばかり。 そして同時にジェネレーションギャップなどを理由にギブアップできない私自身の研修も始まったばかりでございます。