ワイン、コーヒーから感じる人間性  (08/25) / by Milton Coffee Roastery

僕の頭の中ではいつどんな時でも、様々なことを想像したり、時には妄想してみたり、時には予測を立ててみたりと何かしら考えているわけでして、たまにこんな自分に疲れる時があるぐらい。 特に仮説を立てて、後に実験や実証する作業が多いように自分では思うのですが、そういったある種の「癖」は、コーヒーの商売をするようになって強くなったように思います。



今日はそんな頭の中の一片を綴ってみようかと思います。



コーヒーはワインに通じているものが多いと言われますが、植物由来の加工製品であれば、似てて当前かもしれませんね。

収穫前の手入れはもちろん大切なのですが、植物から産物を切り離し、人の手に渡った瞬間からどう処理されたかによって、品質はもとより風味まで異なるんですよね。 全く同じコーヒーを違う人が処理しただけでも、相当変化が見られます。 ワインと一緒。

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先日いきつけのお店で飲んだルーチェというイタリアワイン。

2005年のビンテージでしたが、もう飲みごろが始まっていましたので、あと数年で飲んでしまった方が良さそうな印象。

スーパートスカーナということぐらいしか予備知識はありませんでしたが、飲み始めから繊細かつキメ細やかな毛足の若干長いベルベット質感、ルビーレッドの色と、クランベリー、バニラ、シナモン、ほんのりスパイシー感もあり、濃縮感と立体感が口に運ぶ度に感じられ、「おもしろい!」と感じながらシェフと一緒に飲み始めました。



ワインとして素晴らしいし、ワイン評論家が点数をつけても高得点を付けているワインかもしれません。 風味も複雑だし、食事であわせるよりも単体でとても楽しめるワインだとは思います。 まるでカップオブエクセレンスのコーヒーのように完成された感じが似ています。 



ですが、ワインの残りもわずかとなってきて、何かこう人間臭さが感じないというか、強いて表現するとしたら、「造る側が消費者のもっとも評価されやすい嗜好にあわせて意図的に造っている」ような気がし始めたんです。 良い悪いの判断をしているわけではありません。 ルーチェの造り手のことも知りませんし、どんな畑かも知りませんので、失礼なことはもちろん言えませんが、このワインの背景の人間が想像しにくいのです。 



実は、僕がコーヒー農園を訪問しながら生産者との話を重ねていく内に、コーヒーでも同じ思いをしたことがあります。

コーヒーを飲んでもその素晴らしさは理解できるが、生産者の人柄が伝わってこない。 

僕の中では点数では表現できない大切な項目がありまして、素晴らしい品質は当然求める部分なのですが、生産者の人柄が感じられるか否かが個人的には好みですし、なにげに重要なんです。



IMG_0668.jpg先日同じイタリアンに持ち込みで飲んだアンヌグロのエシェゾー2007グランクリュは、今飲んではもったいなかったのですが、誘惑に負けて飲んでしまったワイン。 これを飲んだ時には、確実にこの造り手の勝手な想像ができ、変な話その方の性格まで想像してしまいました。



それぐらい魅力をもったワインでした。 もう1本手に入るなら、10年以上待って飲んでみたいと思うぐらい魅力的でした。



ミルトンの取扱いのコーヒーで1番最初に似た印象を得たコーヒーがあります。

来月ぐらいに入荷予定のセロ・デル・シエロ農園のマイクロロットで数年前に感じました。 それ以来、彼のコーヒーのファンになったわけです。



コーヒーに農園主のマウリシオさんの性格や人柄が不思議と出ている気がします。 今年の買付け時もかなり大量に彼のコーヒーを買いましたが、年々彼のコーヒーの熱心なファンが増えていることからも、無意識のうちに彼の優しい人間味の部分も感じられ、癒されているお客さんが増えてきていることなのかもしれませんねぇ。 そんな気がしてなりません。



余談ですが、彼はハイテク技術や先端技術を一切使わず、昔ながらの方法で収穫後も処理していて、それも人間臭さがにじみ出てくる要因なのかなぁ?とも思ったりします。 



ついつい久しぶりに長文になってしまいましたね。 気づいたらこんなに書いてしまいました。 これから午後の焙煎に入ります。 生産者達の思いを想像しながら、美味しく焼きますね。