ちょっと自分の過去を重ね合わせまして。 / by Milton Coffee Roastery

私が1990年から4年間通ったオーストラリアの全寮制中高一貫校のシンボルツリー。 卒業後10年ぐらいして訪問した際に撮影した写真ですが、学校名が変わっていて、有名校の分校になっていました。 私の今の基礎が創られた時期かもしれません。

私が1990年から4年間通ったオーストラリアの全寮制中高一貫校のシンボルツリー。 卒業後10年ぐらいして訪問した際に撮影した写真ですが、学校名が変わっていて、有名校の分校になっていました。 私の今の基礎が創られた時期かもしれません。

「子曰く、吾十有五にして学に志す。 三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」

中国の宗教者、孔子の言葉です。 ご存じの方も多いかと思います。 日本の中学校に通っていた時には、軽く儒教の勉強をしたような、してないような。。。どっちにしても、その程度しか記憶に残っていません。 ところが、オーストラリアの大学で再度学ぶことになるわけです。 英語では、Confucius(コンフューシャス)と呼びますが、その儒教を40歳になった今、また勉強してみようかなと試みている今現在です。

孔子と自分を比べるなど、とてもとても恐れ多い話ですが、私が英語に専念しようと志し、オーストラリアに渡ったのが、15歳。 会社を立ち上げたのは30歳の時。 今年は40歳です。 再度論語を学び、その孔子の言葉との年齢の偶然な一致に多少驚きましたし、少し勇気付けられました。

孔子は特定の先生という存在がいなかったようですが、身の回り全てで起こることや人が勉強になったようです。 大きく私と違うのは、頭の出来でしょうか(笑) 勉強は中の上ぐらいで、どうってことありませんでしたが、英語だけは興味があり、当時中学生だった私には有り余るエネルギーのやり場に困っていたこともあり、家でも結構荒れていました。 猛烈な反抗期でしたしね。

その後、上の写真にある全寮制の学校に行ったのですが、そこから物の考え方が180度変わります。 あまりに多くの出来事があって、ここで全部を話すことはできませんが、簡単に言ってしまえば、「上には上がいる」ということを、常に認識させられました。 みんな平等、みんな同じようなレベル、同じような生活水準。。。ではないということです。 日本と随分違うわけです。

今は知りませんが、当時の海外留学生はお金持ちが多かったように感じましたし、頭もいい生徒が多かったですね。 懐具合も、オツムの方も劣勢な自分が情けないやら、悔しいやら、どうしようもないやらで、惨めな気分になったことは数知れず。 

「せめて経験できることは、何でも吸収してやれ!」

これが10年弱にわたる在豪中の私の芯のような部分でした。 帰国後すぐに会社を立ち上げよう考えますが、帰国した以上は日本社会のルールを学んだ方が良いだろうという親の助言もあり、サラリーマンをすることになります。 コーヒーとは全く異なる業種でしたし、一つ目の会社では営業職を、二つ目の会社では事務職を経験。 そして、「三十にして立つ」を会社設立という形で実現しました。

四十にして惑わず・・・30代は経験や体験、実績を出来る限り稼ぎ、40代からそれらを活かした形を残せるようにしていきたいと常々思っていました。 裏を返せば、40から体験を稼ぐようでは、タイムアウトのような気がしてならないのです。 今年から40代の仲間入りです。 これからは今まで温めていた構想や思いを具体化させていくと思います。 その一発目が満を持してオープンさせた久米のお店でもありました。 この先10年は迷わず、惑わず進める気がします。

時間に追われるような生き方はしたくありませんが、時間は皆平等に与えられ、限られたものです。 ぽけーっとしていても、同じ時間が過ぎてしまいます。 自分が達成したい目標がある以上、突き進んでいこうと思います。 そして、叶うのであれば、50歳を迎える頃には、「五十にして天命を知る」 自分の使命が何かが分かるぐらいの大人、人間になっていたいものです。

それにしても、もっと器の大きい人間にならんもんかなぁ・・・自分