一つの節目のような旅でした / by Milton Coffee Roastery

前回のブログでもアップしていたマウリシオさんとの歴史を年毎に収めたアルバムをプレゼントしました。 ページをめくるたびに、当時の様子が思い返されることでしょう。 今の在庫限りで終売になるのが大変惜しいコーヒーです。

前回のブログでもアップしていたマウリシオさんとの歴史を年毎に収めたアルバムをプレゼントしました。 ページをめくるたびに、当時の様子が思い返されることでしょう。 今の在庫限りで終売になるのが大変惜しいコーヒーです。

ミルトンのフェイスブックでも産地での様子をアップしていたように、今年の買付けの旅は考えさせられる旅でもありました。 10年間のビジネスパートナーも、その間のフレンドシップもありがとう!と、買付け10周年を祝ってくれる生産者の方々に対して、素直に感無量の感謝の気持ちでいっぱいになりました。 

また、セロデルシエロ農園のマウリシオさんがわざわざ泊まっているホテルに娘さんと会いに来てくれましたが、彼も好き好んで農園を手放したわけでないことが、会話の端々から伝わってきましたし、またコーヒー農園をどこかで再開し、我々に買ってもらいたいとも言っていたのが今も記憶に強く残っています。

それだけ各生産者から、この10年間の私たちの行動を評価してくれたことが素直に嬉しいと同時に、自分に対して疑問もわいてきたのも事実です。 こんなに良くしてもらう程、買付けの面で貢献できているのだろうかと・・・

誕生日などのお祝いごとがあると、ケーキのクリームを顔につける習慣がありますが、エルポルベニールのセルジオさんの顔面に私が押しつけ、その後セルジオさんが私の顔面を押しつけ、大笑い。 友達のような関係ですが、ビジネスパートナーでもあります。

誕生日などのお祝いごとがあると、ケーキのクリームを顔につける習慣がありますが、エルポルベニールのセルジオさんの顔面に私が押しつけ、その後セルジオさんが私の顔面を押しつけ、大笑い。 友達のような関係ですが、ビジネスパートナーでもあります。

各生産者の生産量は農園によってまちまちではありますが、ミルトンが買付けている量は彼らの生産量から比べても、微々たる割合でしかありません。 そんなことは随分前から分かっていたことですが、年々欧米のマイクロロースター達の産地訪問が増えていき、今年の2月なんかはアメリカのロースター達が、ニカラグアの我々が毎年訪れるオコタルの街に大挙してきたそうです。 町に一軒しかないホテルが外人で埋め尽くされていた様は、さながらカップオブエクセレンスの国際品評会が行われてるようだったと話を聞きました。 それだけ競争が激化してきているのです。

ちなみにアメリカのマイクロロースター達は、平均月間4トン程度のコーヒーを販売する焙煎業者を指します。 これに比べると日本のロースター達は、マイクロどころか、ナノロースターと呼ばざるえません。 これでは競争する前から結果は見えています。 

ラエスペランサ農園とサンホセ農園から、農園内でのビュッフェランチと10周年お祝いケーキをサプライズでいただきました。 言葉だけでなく、行動でもお礼がしたい気持ちでいっぱいです。

ラエスペランサ農園とサンホセ農園から、農園内でのビュッフェランチと10周年お祝いケーキをサプライズでいただきました。 言葉だけでなく、行動でもお礼がしたい気持ちでいっぱいです。

アメリカだけではありません。 韓国をはじめ、中国、台湾、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポールまで、美味しいコーヒーを飲む習慣が現在進行形で浸透している最中、日本は20年もの景気低迷が骨身にしみつき、純粋に良い商品やサービスを大衆が求めなくなっている。 町には値段の安いチェーン店が溢れ、素材にもこだわりたい個人店や中規模レストランが少しでもお客様に満足してもらおうと努力していますが、それも限界があるでしょう。 中には少しずつ扱う食材の品質レベルを下げていくようになっていることを、黙ってみているだけでも歯がゆい感じです。 

ついつい気持ちが高ぶって書いてしまいましたが、実際に起こっていることだから、仕方ありません。 ではミルトンは一般のお客様から卸のお客様までの事を考慮しながら、ミルトンを支えてくれている生産者達のことも同時に考え、はたして何ができるのだろうかと真剣に考えるタイミングにもなっています。 

来週からアメリカのSCAA、アメリカのスペシャルティコーヒー協会が主催するイベントに出かけますが、できる限りシンポジウムからレクチャーまで参加し、今頭の中にある考えと融合させて、今後に役立てるつもりです。 正直こんな気持ちになったのは、ミルトンを始める時以来なので、とても気持ちが高まっていますし、私の中でエネルギーが溢れてきているのが分かります。 何かが今回の旅で吹っ切れて、何かが生まれたような、大きな節目につながるような旅でした。